未来エネルギーシステム展望

エネルギーインフラのサイバーレジリエンス向上:デジタル化時代における課題と政策的視点

Tags: サイバーセキュリティ, エネルギー政策, 電力システム, レジリエンス, 重要インフラ

はじめに

近年のエネルギーシステムは、再生可能エネルギーの大量導入、分散型エネルギーリソース(DER)の普及、需給調整市場の高度化などを背景に、急速なデジタル化と複雑化が進展しています。スマートメーター、監視制御システム(SCADA)、エネルギーマネジメントシステム(EMS)といったIT(情報技術)およびOT(制御技術)の利用拡大は、システムの効率化や柔軟性向上に貢献する一方で、新たなセキュリティリスク、特にサイバー攻撃に対する脆弱性を増大させています。電力、ガス、石油などのエネルギーインフラは、社会経済活動を支える上で不可欠な重要インフラであり、その安定供給に対するサイバー攻撃は、広範囲かつ深刻な影響を及ぼす可能性があります。

本稿では、デジタル化が進むエネルギーインフラにおけるサイバーセキュリティの現状と課題、そして政策担当者が検討すべきレジリエンス向上に向けた政策的視点について解説します。

エネルギーインフラにおけるサイバーセキュリティの課題

エネルギーシステムがサイバー攻撃のリスクに晒される主要な課題は多岐にわたります。

第一に、OTシステムとITシステムの融合が進んでいる点です。従来、電力網などの制御システム(OT)は閉鎖的なネットワークで運用されることが多く、外部からのサイバー攻撃に対するリスクは比較的低いと考えられていました。しかし、効率的な運用や新しいサービス実現のために、OTシステムがインターネットなどのITネットワークに接続される機会が増加しており、攻撃経路が多様化しています。

第二に、サプライチェーンリスクの増大です。エネルギーインフラは、多様な機器メーカー、システムインテグレーター、通信事業者、サービスプロバイダーなどが連携して構築・運用されています。これらのサプライヤーのいずれかがサイバー攻撃を受けた場合、その影響がシステム全体に波及する可能性があります。特に、海外製品に依存する部分がある場合、国際的なサプライチェーンにおける脆弱性も考慮する必要があります。

第三に、サイバー攻撃の手法が高度化・巧妙化している点です。国家主体の攻撃、組織犯罪グループによる攻撃、テロリストによる攻撃など、攻撃者の動機や能力は様々であり、ゼロデイ攻撃(未知の脆弱性を突く攻撃)や、システムの特性を悪用したサービス妨害(DoS)攻撃、データを不正に改ざんする攻撃など、その手法は日々進化しています。

第四に、専門人材の不足です。エネルギー分野特有のOTシステムに関する知識と、高度なサイバーセキュリティの知識を併せ持つ専門家は限られています。人材の育成や確保は、多くの国や企業にとって喫緊の課題となっています。

サイバーレジリエンス向上のための取り組みと政策的視点

これらの課題に対し、エネルギーインフラのサイバーレジリエンスを向上させるための取り組みが進められています。政策担当者は、これらの取り組みを促進し、実効性を高めるための政策設計を行う必要があります。

国内においては、重要インフラ保護に関する行動計画や、電力システムサイバーセキュリティ対策ガイドラインなどが策定され、事業者による対策強化が図られています。技術的対策としては、ネットワークの適切な分離、多要素認証の導入、異常検知システムの設置などが推進されています。組織的対策としては、CSIRT(Computer Security Incident Response Team)体制の構築、従業員への教育、定期的な訓練(演習)などが重要視されています。

しかし、これらの取り組みをさらに強化し、新たな脅威に対応するためには、以下のような政策的視点が不可欠です。

結論と展望

エネルギーシステムのデジタル化と分散化は、効率的で持続可能なエネルギー供給システムを実現する上で不可欠な流れです。しかし、それに伴うサイバーセキュリティリスクの増大は、エネルギーの安定供給に対する重大な脅威となり得ます。

エネルギーインフラのサイバーレジリエンス向上は、単なる技術的な対策に留まらず、リスク評価、情報共有、法制度、国際協力、人材育成など、多角的な政策対応が求められる継続的な課題です。政策担当者は、これらの課題に対し、中長期的かつ戦略的な視点から取り組みを進めることで、将来の複雑化するエネルギーシステムにおいても、国民生活および経済活動の基盤となる安定供給を確保していくことが期待されます。