エネルギーシステムの脱炭素化におけるCCUS/DACの役割と政策課題
はじめに
脱炭素社会の実現に向けて、エネルギーシステム全体の構造変革が喫緊の課題となっています。特に、再生可能エネルギーの導入拡大は重要な柱ですが、製鉄、セメント、化学といったCO2排出削減が技術的・経済的に困難な産業プロセスや、航空・海運といった輸送部門、あるいは電力システムにおける調整用火力発電など、電化や再エネ直接利用だけでは対応が難しい領域が存在します。
このような領域における脱炭素化を進める上で、二酸化炭素回収・利用・貯留(CCUS: Carbon Capture, Utilization and Storage)および大気からの直接回収(DAC: Direct Air Capture)技術が重要な役割を果たす可能性が注目されています。これらの技術は、発生源や大気中からCO2を回収し、利用または貯留することで、実質的な排出量を削減することを目指すものです。本稿では、エネルギーシステムの脱炭素化および安定化におけるCCUS/DACの位置づけ、導入に向けた政策的課題、そして国内外の動向について解説します。
CCUS/DACの技術概要とエネルギーシステムにおける位置づけ
CCUSは、発電所や工場などの大規模なCO2排出源から排出される排ガス中のCO2を分離・回収し、パイプライン等で輸送した後、地中深くの帯水層や枯渇した油ガス田などに貯留するか、あるいは化学品原料や燃料、建設資材などに利用する技術です。一方、DACは、特定の吸着材や溶液を用いて大気中のCO2を直接回収する技術であり、排出源に依存しないため、分散した排出源や過去の排出による大気中のCO2濃度そのものを低減する「負の排出技術」として位置づけられます。
これらの技術は、エネルギーシステム全体の中で複数の機能を持つ可能性があります。 まず、排出削減が困難な産業プロセスの脱炭素化に不可欠な要素となり得ます。次に、電力部門においては、再エネ導入拡大に伴い調整力として重要な火力発電所にCCUSを付設することで、系統安定化を維持しつつ排出を削減する選択肢を提供します。さらに、回収されたCO2を合成燃料(e-fuel)の原料として利用することは、輸送部門等の脱炭素化に貢献します。DACは、排出削減努力にもかかわらず残存する unavoidable emissions を相殺し、ネットゼロ達成を可能にするための補完技術として期待されています。
しかし、現状ではCCUS/DACは、技術開発途上であり、特にDACはエネルギー消費量が大きく、回収コストが高いという課題を抱えています。これらの技術を大規模に導入するためには、技術的なブレークスルーに加え、経済性やインフラ、法制度に関する政策的な後押しが不可欠です。
CCUS/DAC導入における政策的課題
CCUS/DACの大規模導入には、多岐にわたる政策的課題が存在します。
コストと経済性
CCUS/DACの現状コストは、他の脱炭素技術と比較して高額であり、初期投資および運転コストが経済的なボトルネックとなっています。これを克服するためには、政府による研究開発(R&D)支援や実証プロジェクトへの資金供給、導入を促すための経済的インセンティブ設計が重要です。例えば、回収・貯留されたCO2量に応じた税額控除(例: 米国の45Q)や補助金制度、あるいは炭素価格メカニズムとの連携強化などが考えられます。これらの政策は、技術のスケールアップとコスト低減を加速するために不可欠です。
インフラ整備
回収したCO2を貯留サイトや利用先まで輸送するためのパイプライン網や、CO2を安全かつ安定的に長期貯留するための地中・海底貯留サイトの調査・選定・開発・管理といったインフラ整備が大規模に必要となります。これらのインフラは公益性が高く、長期的な視点での計画的な整備と、多額の初期投資を回収するための事業性の確保が課題です。法制度によるインフラ整備の円滑化や、公的資金による一部支援が検討されるべきです。
技術開発・実証
より高効率かつ低コストなCO2分離・回収技術、輸送・貯留技術、CO2利用技術(カーボンリサイクル)の開発が必要です。基礎研究から実証、社会実装に至る一連のプロセスを加速するための政府主導の研究開発プログラムや、国際共同研究の推進が求められます。特にDACは黎明期にあり、ブレークスルーが期待されます。
社会的受容性
CO2貯留サイトの選定・開発においては、周辺地域住民の理解と協力を得ることが不可欠です。安全性に関する十分な情報提供、リスク評価と対策、そして地域経済への貢献などを通じた合意形成プロセスが重要となります。環境アセスメントの枠組みの中で、透明性の高い議論と説明責任を果たすことが求められます。
国際連携
CCUS/DACはグローバルな課題であり、国際連携が不可欠です。特に、国内に十分な貯留ポテンシャルがない場合や、コスト効率の高い貯留サイトが他国にある場合など、国境を越えるCO2輸送・貯留が必要となります。これには、二国間または多国間での協定締結や、国際的な法制度、安全基準、CO2のトラッキングシステムの構築が課題となります。
法制度・規制
CCUS/DAC事業の実施においては、CO2の貯留権、貯留サイトの長期的なモニタリングと管理に関する責任体制、事故発生時の対応、環境影響評価、CO2の計測・報告・検証(MRV)体制など、多岐にわたる法制度・規制の整備が必要です。特に貯留されたCO2に関する永続的な責任の所在は、政策的に重要な論点となります。
エネルギーシステム安定化への貢献
CCUS/DACは主に排出削減に貢献する技術ですが、エネルギーシステム全体の安定化とも間接的に関連します。例えば、再エネ変動を補完する調整力として火力発電が必要な場合に、そこにCCUSを付設することで、脱炭素化目標との両立が可能になります。また、DACによる負の排出は、他の技術では削減しきれない排出を相殺することで、ネットゼロ目標達成の柔軟性を高め、結果的にエネルギーシステム全体の移行パスにおける安定性を向上させる可能性も持ちます。政策立案においては、CCUS/DACを再エネや水素など他の技術と組み合わせて、エネルギーシステム全体の最適化を図る視点が重要です。
国内外の動向と事例
世界各国でCCUS/DACの導入に向けた政策が進められています。米国では、CO2の回収・貯留・利用に対する税額控除(45Q)が強化され、多くのプロジェクトが計画・推進されています。欧州連合(EU)では、CCUSを重要技術と位置づけ、域内のCO2輸送インフラ整備を支援する政策が進められています。特にノルウェーでは、北海における大規模なCO2貯留プロジェクト「Northern Lights」が進捗しており、欧州域内からのCO2受け入れを視野に入れています。
日本においても、2050年カーボンニュートラル実現に向けた長期的なCCUSロードマップが策定され、官民連携での技術開発支援、実証事業、インフラ整備の検討が進められています。特に、コスト低減、貯留ポテンシャルの評価、アジア地域における国際連携などが重点課題として挙げられています。GXリーグの枠組みにおいても、排出削減努力の一つとしてCCUS/DACへの投資が議論される可能性があります。
結論と今後の展望
CCUSおよびDAC技術は、再エネや省エネだけでは脱炭素化が困難な領域をカバーし、将来のエネルギーシステムにおけるネットゼロ達成、さらには負の排出を実現するための重要な選択肢です。これらの技術を社会実装するためには、高コスト、インフラ整備、社会受容性、法制度といった多岐にわたる政策課題を克服する必要があります。
今後、技術開発によるコスト低減やエネルギー効率向上はもちろんのこと、政策インセンティブの適切な設計、計画的なインフラ投資、地域住民との対話を通じた社会受容性の醸成、そして国際的な協力枠組みの構築が鍵となります。エネルギー政策担当者としては、CCUS/DACをエネルギーシステム全体の脱炭素化・安定化戦略の中でどのように位置づけ、他の技術との相乗効果を最大限に引き出しつつ、これらの政策課題に対して効果的なアプローチを講じていくかが問われています。将来の複雑化するエネルギーシステムにおいて、CCUS/DACがそのポテンシャルを最大限に発揮できるよう、政策面からの継続的な検討と支援が不可欠であると考えられます。