未来エネルギーシステム展望

再生可能エネルギー大量導入に伴う卸電力市場の変容と安定化に向けた政策課題

Tags: 再生可能エネルギー, 卸電力市場, 市場設計, エネルギー政策, 系統安定化

はじめに

エネルギーシステムの将来像を描く上で、再生可能エネルギー(以下、再エネ)の主力電源化は不可避の潮流となっています。しかし、その大量導入は既存のエネルギーシステム、とりわけ電力市場に大きな変容をもたらし、新たな課題を提起しています。本稿では、再エネの大量導入が日本の卸電力市場に与える具体的な影響を分析し、市場の安定化および将来への適切な投資誘導に向けた政策的な論点について解説します。

再エネ大量導入が卸電力市場に与える影響

再エネ、特に太陽光発電や風力発電といった変動性再エネ(VRE: Variable Renewable Energy)の出力が、卸電力市場の価格形成に大きな影響を与えています。その主な影響は以下の点が挙げられます。

  1. メリットオーダー効果と価格低下・ゼロプライス頻発化: 限界費用が低い再エネ電源からの供給が増加すると、卸電力市場において低価格の電源から順に供給が決まるメリットオーダー効果により、市場価格が低下する傾向が見られます。特に日中の太陽光発電出力が大きい時間帯などには、供給が需要を上回り、市場価格がゼロ、あるいはマイナスとなる現象(ゼロ/マイナスプライス)の頻度が増加しています。これは、再エネの導入促進策としての固定価格買取制度(FIT)が適用される電源が、市場価格に関わらず優先的に供給される構造に起因する側面もあります。

  2. 価格変動性(ボラティリティ)の増大: VREの出力は気象条件に左右されるため、その変動性は予測困難性を伴います。これにより、市場価格は短期間で大きく変動しやすくなります。特定の時間帯での供給過剰による価格低下と、VRE出力が低い時間帯や需給がひっ迫する時間帯での価格高騰という、極端な価格変動が観察されるようになっています。この価格変動性の増大は、市場参加者のリスクを高め、予見性のある事業環境の確保を困難にします。

  3. 調整力電源への投資インセンティブ低下: 市場価格の低下やゼロ/マイナスプライスの頻発は、相対的に限界費用の高い火力発電などの調整力電源にとって、市場からの収益機会を減少させます。特に固定費の回収が見込めなくなることは、将来的なリプレースや新規建設といった投資判断においてネガティブな要因となります。再エネ出力の変動を補い、電力系統全体の需給バランスを維持するためには、柔軟かつ信頼性の高い調整力電源が不可欠であるため、この投資インセンティブの低下は、将来的な供給信頼度に関わる重要な課題となります。

  4. 需給ひっ迫時の価格高騰リスク: 調整力電源への投資が滞り供給能力が低下する一方で、VRE出力が低下し、かつ需要が増加する時間帯においては、供給力がひっ迫しやすくなります。これにより、市場価格が極めて高い水準にまで高騰するリスクが増大します。これは最終的な電力料金にも影響を与えうるため、経済的な観点からも看過できない問題です。

市場設計の現状と課題

日本においては、電力システム改革の進展に伴い、卸電力市場の機能強化や新たな市場(容量市場、需給調整市場)の開設が進められてきました。

これらの新たな市場は、再エネ大量導入に伴う課題への対応として重要な役割を担いますが、卸電力市場全体としての価格シグナルが、エネルギー供給だけでなく容量確保や調整力提供といった多面的な価値を適切に反映しているか、という点については継続的な検証が必要です。特に、メリットオーダー効果によるスポット価格低下が容量市場や調整力市場の設計や機能に与える影響、あるいはそれぞれの市場が独立して機能することによる全体の最適性といった論点が存在します。

安定化に向けた政策的取り組み・オプション

再エネ大量導入下での卸電力市場の安定化と、将来を見据えた適切な投資誘導のためには、市場メカニズムのさらなる進化と、非市場的措置との組み合わせが検討される必要があります。

  1. 市場メカニズムの進化:

    • スポット市場価格シグナルの強化: 再エネの自立化を促すため、FIT制度からFIP(Feed-in Premium)制度への移行が進められています。これにより、再エネ事業者が市場価格を意識した行動をとるようになり、市場価格がゼロ/マイナスとなる場合の発動停止などにより、メリットオーダー効果による価格低下を抑制する効果が期待されます。また、さらなる価格変動性の増大に対応するため、より短い時間単位での市場取引(例: 5分市場)の導入や、インターコネクター(地域間連系線)の容量拡大による市場分断の解消も、価格安定化に寄与しえます。
    • 他市場との連携強化: 容量市場や需給調整市場とスポット市場との間の連携、あるいはそれぞれの市場設計の相互影響について、継続的に評価し、必要に応じて見直しを行うことが重要です。例えば、容量市場で確保される容量が、実際の需給ひっ迫時に適切に供給されるようなインセンティブ設計や、需給調整市場で取引される調整力がスポット価格に与える影響などを考慮する必要があります。
    • カーボンプライシングとの連携: CO2排出量に応じて費用負担を求めるカーボンプライシングは、化石燃料電源の限界費用を引き上げ、相対的に再エネの競争力を高める効果があります。卸電力市場価格にCO2排出費用を内部化することで、電源構成の脱炭素化を市場メカニズムを通じて促進し、長期的な価格予見性の向上に寄与する可能性も考えられます。
  2. 非市場的措置との組み合わせ: 市場メカニズムだけでは解決が難しい課題に対しては、非市場的措置との組み合わせも検討されます。例えば、電力系統の物理的な制約(送電容量不足など)による再エネの出力抑制を最小化するための系統増強、あるいは託送料金制度の工夫による分散型エネルギーリソース(DER)の導入促進などです。また、電力広域的運営推進機関(OCCTO)による需給調整機能の強化や、将来的な安定供給確保に向けた供給力確保命令などの制度運用も、重要な役割を担います。

  3. 柔軟性資源の市場統合促進: 蓄電池、デマンドレスポンス(DR)、セクターカップリング(熱、運輸、産業部門での電力利用)といった柔軟性資源は、VREの変動性を吸収し、系統安定化に貢献する重要な役割を担います。これらのリソースが卸電力市場や需給調整市場において適切に評価され、その価値に見合った対価を得られるような制度設計や技術的な環境整備(例: VPPプラットフォームの活用)を進めることは、市場の安定化に不可欠です。

結論と展望

再エネの大量導入は、卸電力市場に価格低下、価格変動性増大、調整力電源への投資インセンティブ低下といった構造的な変容と課題をもたらしています。これらの課題に対応し、将来にわたって安定的かつ経済的な電力供給を確保するためには、既存の市場設計を継続的に評価し、必要に応じて見直しを進めることが求められます。

市場メカニズムの進化(例: FIP制度の運用改善、市場時間軸の短縮、インターコネクター増強、カーボンプライシングとの連携)に加え、系統増強や分散型リソースの活用促進といった非市場的措置、そして柔軟性資源の市場統合を進めるための制度設計が複合的に講じられる必要があります。これらの政策的な取り組みは、単に市場価格を安定させるだけでなく、将来の必要な電源や調整力への適切な投資を誘導し、エネルギーシステム全体のレジリエンスを高めることにも繋がります。

エネルギー政策担当者としては、これらの複雑な要因が相互に影響し合う電力市場の構造を理解し、データに基づいた分析を行いながら、費用対効果、公平性、国際競争力といった多角的な視点から政策オプションを評価し、国民経済全体にとって最適なエネルギーシステム構築に向けた議論を深めていくことが重要となります。将来のエネルギーシステムを見据えた市場設計の議論は、今後も継続的に取り組むべき課題と言えます。