再エネ大量導入下における電力市場設計の進化:容量メカニズムと柔軟性市場の政策的論点
はじめに
将来のエネルギーシステムは、再生可能エネルギー(再エネ)の主力電源化、分散型エネルギーリソース(DER)の増加、セクターカップリングの進展により、その構造が大きく変容しています。これにより、従来の集中型電源を前提とした電力市場設計では対応しきれない新たな課題が顕在化しています。特に、天候に左右される再エネの出力変動や、需要家の多様なエネルギー利用形態は、電力系統の安定化と効率的な資源配分をより複雑にしています。
本稿では、再エネ大量導入が進む中での電力市場設計の現状課題を明らかにし、系統の安定化や将来の必要な供給能力・柔軟性確保に向けた政策的アプローチとして注目される、容量メカニズムや柔軟性市場といった新たな市場設計の論点について解説します。
再エネ大量導入が電力市場に与える影響と既存市場の課題
再エネ、特に太陽光発電や風力発電は、燃料費がゼロであるため、限界費用が低く設定されます。これにより、卸電力市場においては、再エネの発電量が増加する時間帯に市場価格が低下、あるいはゼロ近傍になる現象(メリットオーダー効果)が見られます。これは消費者にとってはメリットとなる一方で、従来の火力発電所などの稼働率や収益性を低下させる要因となります。
既存の電力市場(エネルギー市場)は、基本的に短期間の電力需給バランスに基づいた取引を通じて、効率的な発電所の運用を促す設計となっています。しかし、再エネの出力変動を補うための迅速な調整力や、長期的な供給能力を確保するための投資インセンティブを十分に提供できなくなってきています。
具体的には、以下の課題が挙げられます。
- 供給能力確保の課題: 市場価格の低下により、収益が見込めない発電事業者が撤退したり、新たな発電所への投資が滞ったりする可能性があります。特に、再エネの出力が低い時間帯や、電力需要がピークとなる時間帯に必要な供給力を確保するための長期的なインセンティブが不足しがちです。
- 系統安定化に必要な柔軟性確保の課題: 再エネの出力変動や急激な需要変動に対応するためには、迅速な起動・停止が可能な調整電源(火力など)や、蓄電池、デマンドレスポンス(DR)といった「柔軟性」を提供するリソースが必要となります。しかし、現在の市場設計では、この柔軟性の価値が十分に評価され、必要なリソースへの適切な投資を促すメカニティブが確立されていない場合があります。
- 分散化・デジタル化への対応: DERやVPP(仮想発電所)の増加により、従来の集約的な発電・送電システムだけでなく、需要家側のリソースを含めた広範な調整が必要となります。これらを効率的に活用し、系統運用に統合するための市場設計やルール整備が求められます。
新たな市場設計アプローチ:容量メカニズムと柔軟性市場
これらの課題に対応するため、世界各国で様々な市場設計の進化が議論・導入されています。中でも注目されるのが、容量メカニズムと柔軟性市場です。
容量メカニズム
容量メカニズムは、将来の特定の時点(例えば数年後)において、必要な供給能力(発電所の容量など)を確保することを目的とした制度です。エネルギー市場だけでは得られない長期的な収益機会を提供することで、発電事業者やその他の供給能力提供者(蓄電池、DRなど)に対して、設備への投資や維持を促すインセンティブを与えます。
代表的な方式としては、必要な供給能力を市場を通じて調達する「容量市場(Capacity Market)」があります。これは、電力の「容量」という商品を対象としたオークションを実施し、落札した供給能力提供者に対して、実際に電力を供給するかどうかにかかわらず、容量を確保していることに対して対価を支払う仕組みです。
容量メカニズムの導入における政策的論点としては、以下の点が挙げられます。
- 設計の複雑性: 目標とする供給能力水準の設定、オークション対象リソースの範囲、価格決定メカニズム、ペナルティ設計など、設計が複雑であり、市場機能や競争への影響を慎重に評価する必要があります。
- コスト負担: 容量確保にかかる費用は、最終的に電気料金の一部として消費者が負担することになります。その透明性や公平性をどう確保するかが課題となります。
- 既存市場との整合性: エネルギー市場やその他の関連市場との連携をどのように図り、全体として効率的なシステム運用と投資を促すかを検討する必要があります。
- 国際的な動向: 米国の一部地域や欧州主要国など、既に容量市場を導入している事例が多く存在し、それぞれの経験や課題が日本の制度設計において参考になります。日本でも、2020年に実需給年度2024年からの容量市場が初回オークションを完了しています。
柔軟性市場
柔軟性市場は、電力系統が必要とする「柔軟性」を調達することを目的とした市場です。再エネの出力変動や需要の急変に対して、迅速かつ効率的に需給バランスを調整するためのリソース(調整力)を確保します。
柔軟性を提供できるリソースは多岐にわたります。従来の調整用火力発電所だけでなく、揚水発電所、蓄電池、DR、VPPによって束ねられたDERなどが含まれます。これらのリソースが提供できる応答速度、持続時間、提供量といった特性に応じて、様々な種類の柔軟性が定義され、市場で取引されることが考えられます。
柔軟性市場の導入における政策的論点としては、以下の点が挙げられます。
- 柔軟性の定義と評価: どのような種類の柔軟性が必要か(周波数調整、需給バランス調整など)、それらをどのように評価し、市場で価格付けするかを明確にする必要があります。
- 市場参加者の拡大: DRやDERといった、従来の発電事業者とは異なる多様な主体が市場に参加できるよう、参加要件の緩和、情報開示、技術的なインターフェースの整備などが重要になります。
- 地域性: 系統の混雑状況など、柔軟性の必要性は地域によって異なります。地域ごとの柔軟性市場の設計や、広域的な市場との連携をどう考えるかが論点となります。
- 既存の調整力市場との関係: 現在運用されている調整力市場(三次調整力市場など)との役割分担や統合をどのように進めるかを検討する必要があります。
- 技術的インフラ: リアルタイムのデータ収集、通信、制御など、柔軟性リソースを市場で活用するための技術的な基盤整備が不可欠です。
政策立案に向けた今後の展望
再エネ大量導入下での電力システム安定化と効率的な資源配分を実現するためには、容量メカニズムや柔軟性市場といった新たな市場設計アプローチの導入・進化が不可欠です。これらの市場設計は、単に電力の取引ルールを変更するだけでなく、将来のエネルギーシステム全体の構造や、関連産業の動向、消費者への影響など、多岐にわたる要素に影響を及ぼします。
政策担当者としては、以下の点を踏まえ、継続的な議論と制度設計の洗練を進めることが重要であると考えられます。
- システム全体最適の視点: 容量、エネルギー、調整力といった各市場が、個別最適に陥ることなく、全体として効率的な投資と運用を促すように整合性を図ること。
- 技術進展への対応: 蓄電池コストの低下、水素技術の進展、デジタル技術の進化など、新しい技術がもたらすシステムへの影響を常に考慮し、市場設計を柔軟に見直すこと。
- 国際連携と国内状況の均衡: 海外の先進事例を参考にしつつも、日本の系統特性、エネルギーミックス、産業構造といった固有の状況に合わせた制度設計を行うこと。
- 消費者・国民への理解促進: 新しい市場設計が電力システム全体の安定化と効率化にどのように貢献し、それが電気料金やサービス品質にどう反映されるのかについて、丁寧な情報提供と対話を通じて理解を深めること。
- データに基づいた評価と検証: 導入した市場設計の効果を客観的なデータに基づいて評価し、必要に応じて改善を図るサイクルを確立すること。
結論
将来の複雑化するエネルギーシステムにおいて、再エネの主力電源化と系統の安定化を両立させるためには、既存の電力市場設計の課題を克服し、容量メカニズムや柔軟性市場といった新たなアプローチを取り入れることが極めて重要です。これらの市場設計は、将来の供給能力確保や変動電源への対応に不可欠な柔軟性リソースの確保に貢献します。政策立案においては、これらの市場設計の設計思想、他制度との整合性、技術進展への対応、国際動向、そして国民への影響を多角的に考慮し、継続的な検証と改善を進めることが求められます。エネルギーシステム全体のレジリエンス向上と効率化に向けた市場設計の進化は、今後も重要な政策課題であり続けるでしょう。