将来のエネルギーシステムにおけるVPPの役割と制度設計の論点:分散型エネルギーリソース大量導入時代を見据えて
はじめに
近年のエネルギーシステムは、再生可能エネルギーの大量導入や分散型エネルギーリソース(DER: Distributed Energy Resources)の増加により、著しく複雑化しています。これまでの大規模集中型電源を中心としたシステムとは異なり、需要家側に存在する多様な小規模エネルギー源が系統に接続されることで、新たな課題が生じています。特に、天候に左右される再生可能エネルギーの出力変動や、需要家設備による電力潮流の双方向化は、系統の安定運用に影響を及ぼす可能性があります。このような背景の中、分散するDERを統合的に制御し、あたかも一つの発電所や需要設備のように機能させる「バーチャルパワープラント(VPP)」が、将来のエネルギーシステム安定化に向けた鍵として注目されています。本稿では、DER増加がもたらす系統安定化の課題を確認しつつ、VPPが果たす役割、そしてその社会実装と普及拡大に向けた政策的・制度的な論点について考察します。
分散型エネルギーリソース(DER)増加の現状と課題
分散型エネルギーリソースとは、電力系統に接続される比較的小規模な発電設備(太陽光発電、風力発電、コージェネレーション)、蓄電設備(定置用蓄電池、電気自動車(EV)のバッテリー)、需要設備(デマンドレスポンスに対応する負荷)などを広く指します。地球温暖化対策やエネルギーセキュリティの観点から、これらのDER、特に太陽光発電や蓄電池の導入量は世界的に増加傾向にあります。
DERの増加は、再生可能エネルギー導入拡大に貢献し、エネルギーの地産地消を促進するなど、多くの利点をもたらします。しかし同時に、既存の電力系統運用や市場制度に対して以下のような新たな課題を提起しています。
- 出力変動と需給バランスの維持: 天候に依存する太陽光や風力の出力は不安定であり、系統全体の需給バランス維持を困難にします。多数の小規模なDERの出力変動の合計は、系統運用者にとって予測が難しくなります。
- 電圧・周波数安定化への影響: DERの設置場所や出力変動によっては、配電系統における電圧の維持が難しくなったり、系統全体の慣性が低下して周波数変動が大きくなったりする可能性があります。
- 系統混雑: 特定エリアにおけるDERの集中や、需要変動とDER出力変動のミスマッチにより、送配電線に局所的な混雑が発生しやすくなります。
- 既存市場・制度との不整合: 現在の電力市場や系統運用ルールは、大規模集中型電源を前提に設計されている場合が多く、小規模で多様なDERがその能力を十分に発揮し、公平に評価されるための仕組みが不足しています。例えば、DERが提供できる系統安定化サービス(周波数調整力、需給調整力など)を適切に評価し、対価を支払うメカニズムの整備が求められます。
- 可視性・制御性の不足: 多数の分散するDER一つ一つを系統運用者が直接把握・制御することは技術的・コスト的に困難です。
バーチャルパワープラント(VPP)とは
バーチャルパワープラント(VPP)は、クラウド等を通じて通信ネットワークで接続された複数のDERを、高度なエネルギーマネジメント技術を用いて統合的に制御し、あたかも一つの仮想的な発電所のように機能させるシステム概念です。VPPの中核となるのは、DERを束ねて制御する「アグリゲーター」と呼ばれる事業者です。アグリゲーターは、各DERの稼働状況、気象予報、電力市場価格、系統の状況といった情報を収集・分析し、各DERに対して最適な運転指示を出します。
VPPが提供できる主な機能には、以下のようなものがあります。
- 需給調整: DERの発電量や蓄電池の充放電、需要家の負荷を制御することで、系統全体の電力需給バランス維持に貢献します。これは、従来の火力発電等の調整力に代わる、あるいは補完する役割を果たします。
- 周波数調整: 系統の周波数変動に応じて、蓄電池の充放電や需要家の負荷を迅速に制御することで、周波数を安定させます。
- 非FIP(フィードインプレミアム)調整: 再生可能エネルギーの出力抑制が必要な状況において、蓄電池への充電や需要家負荷の増加を促すことで、抑制量を削減します。
- 送配電網の効率的利用: 特定エリアの系統混雑緩和のため、DERの出力抑制や需要喚起を局所的に行うことが可能です。
- 容量市場・需給調整市場への参加: アグリゲートされたDER群として、これらの市場に調整力や容量を提供し、対価を得ることができます。
VPPによる系統安定化への貢献可能性
VPPは、前述したDER増加に伴う課題に対し、有効な解決策となり得ます。
- 変動性吸収: 多数のDERを束ねて制御することで、個々の変動を平滑化したり、蓄電池を併用して変動を吸収したりすることが可能になります。
- 柔軟性の向上: 需要家の持つ蓄電池やEV、ヒートポンプなどをVPPに組み込むことで、系統全体として利用可能な調整力や柔軟性が大幅に向上します。これは、従来の発電設備の焚き増し・焚き減らしに比べて迅速かつきめ細やかな調整を可能にします。
- 運用最適化: 高度な予測・最適化アルゴリズムを用いることで、DERの出力を最大限に活用しつつ、系統運用上の制約(電圧、電流容量など)を遵守した効率的な運用を実現します。
- 新たなサービス創出: 需要家は自身のDERをVPPを通じて市場に参加させることで新たな収益機会を得ることができ、これはDER導入へのインセンティブにも繋がります。
VPP普及・拡大に向けた政策的論点
VPPが持つ系統安定化への貢献可能性を最大限に引き出し、社会全体にそのメリットを広げるためには、技術開発に加え、政策的・制度的な側面からの検討と整備が不可欠です。主な論点としては以下の点が挙げられます。
- 市場メカニズムへの組み込み: VPPが提供する様々な系統サービス(調整力、容量、混雑緩和など)を適切に評価し、市場メカニズムを通じて取引可能とする必要があります。現在検討・運用が進められている需給調整市場や容量市場において、VPPが公平かつ円滑に参加できるルールの整備、市場規模の拡大が重要です。
- 託送料金制度の検討: VPPによる系統への貢献(例:系統混雑緩和、電圧安定化)を託送料金制度の中でどのように評価・反映させるか、議論が必要です。これにより、VPP導入による社会的メリットが適切にインセンティブとして機能することが期待されます。
- 規制緩和と標準化: DERの種類や設置場所、VPPを構成する多様な事業者間の連携を円滑にするための規制緩和や、システム間の相互運用性を確保するための標準化(通信プロトコル、データフォーマットなど)が求められます。
- アグリゲーターの役割と責任: VPPの中核を担うアグリゲーターについて、その事業要件、系統運用者との間の責任分界点、情報セキュリティ対策に関するガイドライン等の明確化が必要です。
- サイバーセキュリティ対策: 通信ネットワークを介して多数のDERを制御するVPPは、サイバー攻撃のリスクを伴います。系統安定化を担う基盤としての信頼性を確保するため、強固なセキュリティ対策の基準策定と実装が必須です。
- 需要家へのインセンティブ設計: 需要家が保有するDERをVPPに参加させる動機を高めるためのインセンティブ設計(経済的報酬、手続きの簡素化など)も政策課題の一つです。
国内外の取り組み事例
日本国内では、経済産業省主導のもと、VPPの技術開発や実証事業が進められています。2017年度からは「バーチャルパワープラント構築事業費補助金」が実施され、多様なDERを活用した実証プロジェクトを通じて技術的・制度的な知見が蓄積されてきました。また、電力システム改革の中で創設された需給調整市場や容量市場は、VPPが市場に参加するための基盤整備として位置づけられます。今後は、実証段階から社会実装へとフェーズが移行する中で、事業化を促進するための制度設計がより重要になります。
海外では、ドイツや米国(特にカリフォルニア州)などがVPPの実装において先行しています。ドイツでは、再生可能エネルギーの大量導入を背景にVPPの活用が進んでおり、アグリゲーターが周波数調整市場等で重要な役割を果たしています。米国カリフォルニア州では、高温時の電力需給ひっ迫対策として、DERを活用したデマンドレスポンスやVPPの導入が積極的に推進されています。これらの海外事例からは、市場設計や規制環境がVPPの普及を大きく左右すること、そして多様なDERを柔軟に活用するための制度設計が重要であることが示唆されます。
結論と展望
分散型エネルギーリソースの大量導入は、将来のエネルギーシステムに不可避な変化をもたらし、系統安定化に新たな課題を提起しています。バーチャルパワープラント(VPP)は、これらの分散するDERを統合的に制御することで、系統の柔軟性と安定性を高め、再生可能エネルギーの更なる導入拡大を可能にする有効な手段です。
VPPのポテンシャルを最大限に引き出し、将来の複雑なエネルギーシステムを安定化させるためには、技術開発に加え、市場メカニズムへの適切な組み込み、規制の緩和・標準化、サイバーセキュリティ対策、そして需要家へのインセンティブ設計といった政策的・制度的な側面からの継続的な検討と整備が不可欠です。国内外の先進事例から学びつつ、日本のエネルギーシステム特性を踏まえた制度設計を進めることが、エネルギー政策を担当する皆様に求められる重要な役割であると考えられます。VPPの社会実装は、単なる技術導入に留まらず、エネルギーシステムの構造、市場設計、そして社会全体のエネルギー利用のあり方を変革する可能性を秘めています。この変革を円滑かつ効果的に進めるための政策的な視点が、今後ますます重要となるでしょう。